はじめに

「芭蕉布」とは琉球列島に見られる糸芭蕉で織られた布、又はその布で作られている衣類の事である。芭蕉布は、一時期衰退の道を辿ったが、1930年代に日本の民芸運動により沖縄県の特徴的な物質文化として注目され、現在では日本の「重要無形文化財」として高く評価されている。ところが、芭蕉布の起源と歴史に関しては、これまでの資料において明確にされていなかったので、著者の好奇心から本研究が始まった。

【研究の目的】

芭蕉布の起源に関しては、フィリピンやインドネシアなど、東南アジア方面から琉球に入ったとする説が一般的であるが、それを証明できる証拠は特に挙げられていない。そのような中で、琉球文学の研究者である池宮正治氏が「琉球服飾史の課題」の中で、芭蕉布は中国南部から伝わったのではないかと提起している〔池宮199827頁〕。本研究では、これまでの定説と池宮氏の提起の両方を詳細に検証し、様々な論証を取り上げた。

上記の事を検証するために、2つの疑問点を中心に解明していく事にした。

第一の疑問は、琉球列島に見られる芭蕉布の起源に関する事である。この疑問は、原料となる糸芭蕉の植物学的起源と、芭蕉布を織る技術の起源という2つの部分がある。

第二の疑問は、「なぜ」、「どの様に」芭蕉布を織る技術が琉球列島で広がったかという事である。苧麻という優れた原料が琉球列島に古くから存在し、「上布」などの織物に使用されていたのに、なぜ芭蕉布の発展も必要だったのか。芭蕉布とは、琉球にとってどの様な存在だったのか、どの様に使われてきたのかという事も本研究に含んでいる。

【研究方法】

物質文化に関する研究は、物的証拠をはじめ、その物や関係のある技術的な証拠に基礎を置かなければならないが、布の場合は根本的には長持ちしないので、過去の布の物的、技術的な要素は証明しづらい。芭蕉布の現在の物的証拠を確認するために奄美大島から、与那国島を含む先島諸島で行った現地調査、及び現在の芭蕉布の糸作り、染織という技術的な実地体験による参加観察法は芭蕉布の特徴を把握するには重要であった。さらに、本研究では、芭蕉布は物的証拠や現在の織る技術を知る事ができる民俗学だけでなく、歴史を知るための文献学、原料の起源を知るための植物学などという、多方面の分野を併せた様々な見地から検討している。

文献調査は、糸芭蕉及び芭蕉布が直接、または間接的に関係のある一次資料を分析する事から始まった。本研究に使用された一次資料は歴史資料をはじめ、過去の公文書や外国からの訪問者の記録、絵図、絵画、写真、保存されている布や衣料等から成る。なお、琉球列島の芭蕉布の起源に関する疑問を解明するには、適切な一次資料が十分にないため、琉球・沖縄以外の資料も可能な限り情報源として検討している。

芭蕉布の原料である糸芭蕉の学名、及びそのルーツを調査する必要もあったため、東アジアと東南アジアのMusa類の分布に関する新しい調査研究報告書を調べ、それに詳しい植物学者に聞き取り調査を行った。前述の「研究の目的」で掲げた2つの疑問点を解明し、糸芭蕉の植物学的調査結果と、糸芭蕉と芭蕉布に関する民俗学的調査や文学的調査の結果を併せ、本研究の結論を導き出した。